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横浜地方裁判所川崎支部 平成9年(ワ)571号 判決 1998年11月09日

主文

一  右当事者間の当庁平成九年(手ワ)第一〇号約束手形金請求事件について当裁判所が平成九年九月二二日に言い渡した手形判決を認可する。

二  右当事者間の当庁平成九年(手ワ)第一六号約束手形金請求事件について当裁判所が平成九年一二月一七日に言い渡した手形判決を認可する。

三  本訴被告(反訴原告)の請求を棄却する。

四  各異議申立後の訴訟費用及び反訴訴訟費用は本訴被告(反訴原告)の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  本訴

主文一、二項同旨

二  反訴

本訴原告(反訴被告)は、本訴被告(反訴原告)に対し、金一六七二万五四七九円及びこれに対する平成九年一一月一九日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  争いのない事実

1  本訴原告(反訴被告、以下、単に「原告」という。)は、別紙約束手形目録<略>の約束手形六通(以下、「本件手形六通」という。)を所持している。

2  本訴被告(反訴原告、以下、単に「被告」という。)は、本件手形を振り出した。

3  原告は、本件手形を支払呈示期間内に支払場所に呈示したが、その支払いを拒絶された。

4  被告は、別紙物件目録<略>の各手形(以下「本件手形三通」という。)につき、手形交換所の取引停止処分を免れるため、平成九年七月四日、訴外三菱信託銀行株式会社川崎支店(以下「三菱信託」という。)に対し、預託金一六七二万五四七九円を預託し、同銀行は、手形交換所に対し、同額の異議申立提供金を提供した。

5  原告は、横浜地方裁判所川崎支部平成九年(手ワ)第一〇号約束手形金請求事件の執行力ある判決正本に基づく債権執行により被告の三菱信託に対する預託金返還請求権を差し押さえ、平成九年一一月一八日、三菱信託から、一六七二万五四七九円の支払いを受けた。

二  争点

1  本件各手形は、融通手形であり、原因関係の存在しないものか。

(被告の主張)

株式会社西川電機製作所(以下、「西川電機」という。)が、被告に対し、FRP(強化プラスチックス)制作等の架空の工事を発注し、この工事代金の支払名下に被告宛に約束手形を振り出し、被告は、同様にその工事を原告に架空発注し、その工事代金の支払名下に原告宛に約束手形を振り出し、原告は、これをさらに西川電機に架空発注し、その工事代金名下に西川電機宛に約束手形を振り出すという形で、本件各手形を融通手形として振り出していたものである。

2  原告が、平成九年一一月一八日、三菱信託から、被告の三菱信託に対する預託金返還請求権一六七二万五四七九円の支払いを受けたのは、法律上の原因なくして利得を得たものであるか。

(原告の主張)

原告は、横浜地方裁判所川崎支部平成九年(手ワ)第一〇号約束手形金請求事件の執行力ある判決正本に基づく債権執行により、株式会社さくら銀行(以下、「さくら銀行」という。)に対し、必要書類を提出して、東京手形交換所規則六七条一項七号に基づき、さくら銀行から、東京手形交換所に対し、差押命令送達届を提出して、三菱信託から、平成九年一一月一八日、一六七二万五四七九円の支払いを受けたものであり、法律上の原因に基づいて取得したものである。

(被告の主張)

原告は、確かに手形判決の仮執行として適法に預託金返還請求権を差し押えることができる。しかし、「手形不渡りによる取引停止処分を免れるための異議申立提供金に充てる預託金の返還請求権を差し押さえた手形債権者は、異議申立の取り下げを依頼し預託金の返還を求める権利まで取得するものではない」(東京高判昭和五九年一月三一日・判例時報一一〇八号一三〇頁)。

したがって、原告が預託金返還請求権の支払期日が到来する前に支払いを受けたのは権利なくして、支払いを受けたのであるから、不当利得となる。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1  証拠によると、次の事実を認めることができる。

(一) 西川電機は、事業部制を採用しており、音響事業部、FRP事業部及びエンジニアリング事業部があり、各事業部毎に独立採算制を採っている。そのため、各事業部は、各事業部が外部との間で取引を成立させることにより初めて売上を計上することとなっていた。<証拠略>

西川電機エンジニアリング事業部は、従前、プリズム化工機他から、その一部に西川電機FRP事業部の千葉工場で製作しているガラス強化繊維を含んだ樹脂を用いた製品の製作を受注し、西川電機FRP事業部に対し、社内取引として、FRP成型品の製造を発注していたが、社内発注の形をとると、西川電機FRP事業部の売上として利益を計上できないため、西川電機FRP事業部は、外部との取引により受注した契約を優先してしまい納期が遅れたり、製品検査や工程管理が曖昧になるなどの弊害があった。そこで、西川電機は、注文主であるプリズム化工機等に対し、西川電機エンジニアリング事業部への発注と西川電機FRP事業部への発注と二本立てでの発注を打診したこともあったが、二度手間になるとして、プリズム化工機等からこれを拒絶された。<証拠略>

(二) そこで、西川電機は、平成四年頃、西川電機エンジニアリング事業部で受注した製品のうちFRP成型品の製造については、西川電機エンジニアリング事業部が外部の会社に発注し、その外部の会社が西川電機FRP事業部に発注することにより、FRP成型品について、西川電機FRP事業部の独自の売上として計上することができるようにすることにより、納期の厳守、製品検査及び工程管理の厳密を期することとした。<証拠略>

当初、西川電機は、西川電機エンジニアリング事業部と西川電機FRP事業部との間に井村工業の関連会社等を介在させていたが、右介在会社に信用不安が生じたため、平成六年九月頃から、原告及び被告を介在する取引形態とすることにした。ただ、その際、西川電機エンジニアリング事業部と西川電機FRP事業部との間に一社のみ介在させる形をとると、間に入った企業は、法律上、西川電機から受注し、西川電機に発注する形となり、何らかの不都合が生じるのではないかとの危惧から、その間に二社を介在させることとした。<証拠略>

(三) 西川電機は、平成六年九月頃、台北機設工業の社長を通じて、被告に対し、当初は、被告と朝日エンジニアリングマテックスを介在する取引についての打診をし、また、西川電機川崎事業所長田中良行は、同人の知人である原告従業員鈴木広一を通して、原告に対し、右の朝日エンジニアリングマテックスの代わりに原告が介在する取引の打診をした。そして、最終的には、西川電機エンジニアリング事業部が、被告に対し、FRP成型品の製造を発注し、被告は、原告に発注し、FRP成型品の製造を発注し、原告が、西川電機FRP事業部に対し、FRP成型品の製造を発注するという取引形態をとることとし、その間の決済は月末締め翌月末支払とし、原告の西川電機FRP事業部に対する支払は、一六〇日のサイトの約束手形で支払い、被告の原告に対する支払は、一五五日のサイトの約束手形で支払い、西川電機エンジニアリング事業部の被告に対する支払は、一五三日のサイトの約束手形で支払うこととした。また、西川電機エンジニアリング事業部と被告との取引において発注された物件の価額から三・五パーセントの金額を差し引いた額で、被告が原告に発注し、右三・五パーセントのうち一パーセント分をこの取引の紹介者である金永機設に支払い、被告は、発注額の二・五パーセントの利益を取得することとし、また、原告は、同じく二・五パーセント差し引いた額で西川電機FRP事業部に発注し、発注額の二・五パーセントの利益を取得することとした。(なお、実際には、被告の原告に対する支払いは九五日のサイトの約束手形により支払われたが、これは、被告の社内の処理の誤りのためであった。以下、「本件各取引」という。<証拠略>)

(四) 実際に、FRP成型品を製作するのは、西川電機FRP事業部であり、納品は、最終ユーザーのもとに直接なされており、原告及び被告は、実際に製品を納品してはおらず、単に伝票上で処理しただけである<証拠略>。

本件各取引によって、西川電機FRP事業部は、FRP成型品の製造販売により、その原価と売値との差額を利益として計上し、原告は、被告に対する売上額から西川電機FRP事業部に支払った仕入額を差し引いた差額分の利益を上げ、被告は、西川電機エンジニアリング事業部に対する売上額から原告に支払った仕入額を差し引いた差額分の利益を上げる。西川電機エンジニアリング事業部は、受注したプリズム化工機他の注文主から、FRP成型品を含む物件全体を販売して売上をあげるが、FRP成型品についていえば、右の売上額のうちのFRP成型品の分の売上額から、被告に対して支払った仕入額を差し引いた額の利益を上げたこととなる。<証拠略>

(三)で見たように、被告及び原告は、西川電機エンジニアリング事業部が発注した額の三・五パーセントあるいは二・五パーセントの利益が右の売上額と仕入額の差額となるように価額を設定して利益を上げており、実際には、西川電機エンジニアリング事業部と西川電機FRP事業部の間の取引に原告及び被告が介在することの手数料の意味をもっていた。西川電機全体としては、社内取引の形で処理する場合に比べ、原告及び被告に対する手数料分だけ原価が増加して、価額的には損をすることとなるが、納期の厳守、製品検査及び工程管理の厳密を期することができるメリットがあった。<証拠略>

(五) 本件各取引は、平成六年九月頃から開始された。西川電機は、平成九年六月二三日午前一〇時に破産宣告を受けた(乙一三)が、本件各取引は、その直前まで、継続された<証拠略>。

本件手形六通は、いずれも、本件各取引のうち、被告から原告に対する売買代金の支払いのために振り出されたものである(争いがない)。

2  以上の検討によると、西川電機エンジニアリング事業部と被告との間、被告と、原告との間、原告と西川電機FRP事業部との間において、現実の商品の移動はないものの、FRP成型品の商品の請負ないし売買という取引があり、これにより各自は、それなりの利益を上げていたことは明らかであり、本件手形六通は、何らの原因関係もなく、金員の融通のためにのみ振り出される、いわゆる融通手形とは異なり、なお、商業手形の範疇にはいるものといわざるを得ない。

争点1に関する被告の主張は認められない。

二  争点2について

甲八によると、東京手形交換所における東京手形交換所規則六七条一項七号は持ち出し銀行から交換所に支払義務確定届または差押命令送達届が提出された場合において、支払銀行から請求があったときには異議申立提供金を返還するものと定めており、預託金返還請求権の性質上、異議申立提供金の返還事由が生じたときには、預託金返還請求権の履行期が到来するものと解される。

原告は、横浜地方裁判所川崎支部平成九年(手ワ)第一〇号約束手形金請求事件の執行力ある判決正本に基づく債権執行を実行し、これにより、持出銀行であるさくら銀行から、東京手形交換所に対し、差押命令送達届が提出され、三菱信託からの請求により、東京手形交換所から三菱信託に対し、異議申立提供金が返還され、これにより、預託金返還請求権の履行期も到来し、原告は、債権執行の結果として、三菱信託から預託金の支払いを受けたものであることは争いがない。

そうすると、被告の原告に対する本件手形三通に関する支払義務が確定したことにより、右の手続がなされたことは明らかであり、まさに法律上の原因に基づいて原告は、支払いを受けたものといわざるを得ない。

この点、被告は、東京高等裁判所裁判例(昭和五九年一月三一日・判例時報一一〇八号一三〇頁)を引用するが、右裁判例は、債権者が債権転付命令を取得し、東京手形交換所規則六七条一項一号、同施行細則八〇条に基づき、異議申立提供金の返還を求めたが、右転付命令の発せられる以前に、預託金返還請求権が他の者によって差し押さえられており、転付命令が無効であった事例であり、本件とは事案を異にするものである。

したがって、被告の反訴には理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

(別紙)約束手形目録<略>

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